旅行記【下関〜宮崎〜別府】①

 前回の旅行(青森・秋田旅行)では旅行記を書こうと思ったものの、序章(目的地に着いて夜行バスを降りるまで)を書いて飽きてしまったため、今回こそ旅行記を書き切ってみようと思う。自分への挑戦である。

 

1日目(東京港

 家を出て、有明にある東京港へと向かう。ところで、有明という地名が東京にもあることを知らなかった。自分にとっての有明とは「海苔の産地」であり、どこか遠く南の方の海だとばかり思っていた。故に東京港有明にあると知った時に「海苔って東京で取ってたのか!?!?」と一瞬勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。確認のために調べたところやはり九州の有明海であり安心した。東京産の海苔って、想像しただけでなんかアレだもんな、、、

 

 バスで東京港へと向かうと、車窓から隅田川越しに見える豊洲のタワマンの夜景が美しい。この辺りは私の思う「東京はこうでなくっちゃ」が詰まっているように思う。田舎者がそれぞれ抱く東京のイメージを掻き集めて作られたような「憧れの街、東京」がそこにある。

 余談だが、山内マリコ氏の「あのこは貴族」ではその辺りの東京への憧憬の描写が上手く描かれている。


 

 東京港ターミナルの最寄りのバス停に降りたものの、ターミナルまでかなり歩かなければならなかった。先程の「憧れの街、東京」の姿とは打って変わって人気のない寂しげな埠頭をのろのろと歩く。旅行の始まりはいつもそうなのだが、ワクワクするのと同時に「このまま行っていいのかな」「やっぱり引き返そうかな」と気弱になってしまう。一人旅なんか幾度となくこなしているはずなのに、である。

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 既にフェリーのチケットはとっちゃってるんだから!と、弱腰になっている自分を奮い立たせてターミナルに入る。ここに来る道中と同様、ターミナル内も人気がなく、うら寂しい。立ち並ぶ自動販売機だけが煌々としてその存在感を示している。

 

 ターミナルにて乗船口にてチケットを渡すと、宇宙船のような通路が長々と続く。重いスーツケースをゴロゴロしながら進むと、これから長い旅になるぞ自然と昂ってきた。

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 歩行者用入り口から入ると、船員さんと広いロビーが出迎えてくれる。フェリーは広く、設備も整っており、まるでちょっとしたホテルのようだ。2泊3日お世話になるには十分すぎるほどに立派な出立ちである。HPによれば温泉やゲームセンターまであるそうだ。ゲーセンはどうでもいいが、明日になったら温泉には浸かりに行こう。


 入り口の船員さんが言うには、私が下船する予定の福岡県の新門司港から最寄りの駅までアクセスが全くなく、その為乗り合うタクシーが出るので明日の15時までにフロントに予約を入れて欲しいとのこと。車がない私にはなんとも有難いサービスである。さて明日の15時までに覚えていれば良いのだが……

 

 今回の船旅は、せっかく2泊という長い時間を過ごすのだから、と贅沢に個室の部屋を予約してある。学生の時だったら問答無用に雑魚寝の相部屋だったところだが、私は社会人(休職中とはいえ…)で懐に多少は余裕ができた。

 部屋は窓付きで、今はターミナルが見える。きっと明日には広々とした海が見えると思うと俄然ワクワクしてくる。秘密基地みたいに心地よい狭さで、少年のような心が疼くどこか懐かしい空間であった。

 部屋で何者にも憚られず荷物を広げ、ワサワサとしていると、フェリーが東京から出港する旨のアナウンスがあり、徐々に船が揺れてきた。

昔、北海道の祖父母宅へ向かうのに一年に一回ほど家族でフェリーに乗っていた時のことを思い出す。昔は家族でワイワイ乗っていたフェリーに、いま自分が一人で乗っていることは不思議に感じる。

お父さんお母さん、私は成長しました。

 

2日目(フェリー内)

 

 個室は居心地が良く、家のベッドのようにぐっすりと眠れた。もともと何処でも寝られる体質ではあるが、あまりのぐっすりぶりに自分でも少し面白くなってしまった。もう東京はとっくに遠くへ行ってしまっただろう。

 余談だが、ちょうど私がフェリーでぐっすり寝てる間、東京ではBatsuくんが24時間DJをしていたそう。なんとなくちょっとウケる。見届けたかったが離岸してしまい電波が頼りなくなっていたので結局見ずに終わってしまった。みんな色々な挑戦をしているんだな。

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 ところで今日の予定は”一日船に揺られる”ということしかない。つまり圧倒的に暇なのである。私がわざわざ高いフェリーで長ったらしく2泊も過ごすことにした理由はここにある。要は「暇を買った」のである。


 船の上、さて何から始めよう。

暇を過ごすアイテムは沢山持ってきた。事前にBOOKOFFで調達しておいた本たち。ダウンロードしておいた映画、スマホで読める漫画や雑誌だってある。飽きたらお風呂に入りに行ったっていい。やることは休日とさほど変わらないのに、ここが船の上というだけで極上な時間を過ごせそうな気がする。


 まず、最近友人に「絶対観ろ」と勧められた『呪術廻戦』を観てみた。Twitterでも度々話題になっているので楽しみにしていたが、もともとアニメを観る習慣がなかった私には正直あまり刺さらなかった。ただ、話題になっているものに触れて自分の経験(経験という言葉を使っていいか分からないほど浅いものだけど)にできただけでもいいだろう。私は人生において「経験」というものに対してかなり重きを置いているので、そういう考えをすることが多い。触れたものが例え自分に合わなくとも、触れてみたという事実が重要なんじゃないか?


 結局5話分くらい観て、それでもやっぱり続きが特に気にならなかったのでそこで視聴を中断した。(もう少し進めばもっと面白くなるぞ、という方がおりましたらご連絡ください。もうちょい観ますので。)


 その後もドラマを見たり本を読んだりごちゃごちゃした後、部屋にいることが飽きて甲板に出ようということになった。甲板は風が強いので、スッピンにコートを着込んで部屋を出た。ドアは風圧で重くなっており、ぐっと押して外に出た。案の定、外は風が強くて寒く「これでこそフェリーの甲板である」とウキウキした。天気がさほど良いわけではなく曇った寒い甲板にわざわざ出てくる変わり者は私のほかに誰もおらず、一面に広がる広くて暗い海を貸し切り状態であった。フェンスの淵に立ち、足元を見るとフェリーの側面にぶつかっでできた白波がざぶざぶと通り過ぎてゆき、爪先をくすぐるような感覚がしてくる。

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目の前に広がる海のことを考えている時間は、宇宙のことを考えている時と同じように茫漠とした恐怖を感じてしまう。むしろ宇宙に殺される時は滅多にないだろうが、海は人間を簡単に殺めてしまう分、より恐ろしくて、私は好きだ。


 甲板に出たときは曇っていたが、遠くの海上に光が差し始めた。波がきらきら光っているのが分かる。海と雲の上とをつなぐ一筋の光は、天国へのお導きにも見える。

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 寒くて寒くて寒いがどうしても音楽が聴きたくなり、かじかんだ手でAirPodsを取り出し、耳に入れた。なんとなく工藤裕次郎の『葬儀屋の娘』を聴いた。”葬儀屋の娘おまえは泣かない笑わない、花を一つ飾るだけだ”、私は海に花を一輪、放ちたくなる気持ちになった。


 暫く悦に浸って海を眺めていたが、そうしている間も私以外は誰一人甲板には出てこなかった。流石に寒さも限界になり、客室に戻ることとした。


 昔から、フェリーでの楽しみの一つに「大浴場」があった。大型のフェリーで一晩を過ごす経験がある人は分かるだろうが、船で入るお風呂は別格に楽しい。何がそんなに楽しいかというと、お湯がザバザバと揺れるのだ。また大浴場の正面は大きな窓になっており、海の見える景色も素晴らしい。

もちろんお風呂は貸切で、ザバザバ揺れる湯船をちょっとだけ泳いだりした。


 お風呂から上がり、ゆったりしている時に思い出した。下船後の乗り合いタクシーの予約時間って何時だったっけ!?!?!?

 時計を見ると15時半、予約時間は15時。完全に間に合わない。しかも今の時間は案内所が閉まっており、次に開くのは17時だという。完全の完全に間に合わない。自分、本当にこんなことばっかりだ。


 そわそわしたまま17時まで待ち、案内所が再開したと同時に駆け込んで聞いた。「すみません、明日の乗り合いタクシーの予約をしたいのですが、間に合いますかね………?」非常に渋い顔をする係員。コレはダメかもしれない、そう悟ったところ、係員さんは「ちょっと確認しますのでお待ちくださいね」と裏の方へ引っ込んでいった。待つ私。もしダメだったらどうしようか…タクシーを呼ぶか、いや無駄なお金が…頑張って歩くか、いや体力が……。係員が戻ってきた。重大な宣告を受けるかのような気持ちで彼の最初の一言を待つ。「明日、もう1人ご予約の方がいらっしゃるのでそれに乗り合わせてくださいね。前払い制なので200円になります。」

 勝った!!!!!!!!安堵よりも、何かに勝ったかのような気持ちが込み上げてきた。それはこの旅行の成功を約束するかのような勝利であった。


悠々とした気分で部屋に戻り、読書なり映画を観るなりして船での残された時間を過ごした。

明日の下船は早朝、朝の5時半である。2日ぶりの陸地と旅行の始まり想いを馳せた。